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踊るように生きる

 

*ダンスダンスミューズ*

ふ、と降りてきた、今のわたしのテーマ。

 

節目節目でテーマをもっている。

十五歳から二十歳あたりまでは、*いかさまレディ* だった。

高校生の頃からこうした日記を書いていた。日記を書き、公開する文化が全国的に流行っていたので珍しいことではなく、同校の同学年の生徒はもちろん、他校の生徒や先輩や後輩、知らない生徒も読んでくれているようだった。

その日記のタイトルが、*いかさまレディ* だった。

 

こういったテーマは、突然思いついたもの。試行錯誤はなし。響きにしっくりきて、それをテーマとして心に置く。その間、五秒もない。

テーマの終わりを感じる頃に、意味があとからやってくる。はじめは理解などいらない。まず、受け入れる。

理解しようと躍起になったりすることもなく、理解できないからといって否定・拒絶したりすることもなく、理解できなくても、わたしの中へ招きいれる。

長い夜、その *未知なるもの* がわたしの前を歩いてくれる。わたしはひたすらに道なき道を歩く。次第に夜は明け、空が *未知なるもの* の正体を、通ってきた道を、照らし教えてくれる。

「わたしは、これを学びたかったんだ」

「そのために、この道を通ってきたんだ」

道の終わりにはじめて意味が分かり、理解が生まれる。*未知なるものとの遭遇* はどんな高価なものよりも価値のあるギフトであり、拒絶や否定で流れを止めてしまうのはとても勿体無い、と常々思う。

理解は成長の証であり、理解できない未知なるものは成長の芽だ。と。

 

*いかさまレディ* の正体は、仮面をつけた自分だった。自分をも誤魔化し、道化師のように偽る。ただ、そうせざるおえなかった、と、若く非力で未熟な自分を許した。

 

二十代は、*マゼンタピンクの海を泳いで* だった。やはり意味が分からなかったけれど、のちに理解した。

この未知なる言葉(テーマ)を受け取り、当時のわたしは、「ああ、今、わたしは海で溺れているんだ。まったく泳げていない」と気づいた。溺れている自分に気づくところから始まった二十代、次第に泳げるようにまでなった。母なる海、愛と共にあることを知り、きっと安心したのだと思う。わたしたちは、すべてここから始まった。切っても切り離せない。愛の手のなかにいる。どうしたって守られてしまっている。

そうであると気づく必要があったのだと思う。

 

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三十代になった今、*ダンスダンスミューズ* というポップな響きがまたわたしを踊らせている。

これに関してはまだ始まったばかりなので、はっきりとは理解できていない。

けれど、招きいれることが重要であるので、今のわたしはただただそれについていく。

だからだろうか。今、本当の楽しさへの追求をさせられている気がしている。